日本の宗教観が世界とかなり違うのは、なんとなくわかる。
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異民族の侵入や戦争や、帝国の成立といった大きな変化が起こって、社会が壊れてしまう。自然が壊れてしまう。
ぐちゃぐちゃになってどうするか、というのが、ユダヤ教やキリスト教、仏教、儒教といった、いわゆる『宗教』が登場してくる社会背景なのです。
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(『ふしぎなキリスト教』より。)
日本はどちらかというと神道がメインで、自然の背後にいるさまざまな神を拝み、一神を崇拝する人は少なく、いわゆる無宗教の人が多い。
これは、異民族の侵入を受けたこともそんなになく、社会がぐちゃぐちゃになったことが長い歴史であまりなかったからで、
ぐちゃぐちゃになっても、人間が人間らしく連帯して生きていくための戦略が、いわゆる『宗教』である、と。
日本は自然災害でぐちゃぐちゃになることが多い。
ただ、これまで国自体がぐちゃぐちゃになったってことはない。
第二次世界大戦でも、他国に併合されたり民族が離散させられたりって事はなく、国を保つ事は出来た。
(世界大戦を通じて、文化はかなり欧米化したが、根本での日本人という意識は崩れなかった。)
ただ、
第二次世界大戦後、
日本人が各国に離散させられ、"日本国"が消滅させられていたとしたら、日本人は各地でどうやって団結していただろう。再び集まることはあっただろうか。
とまあ、こんな悲惨な出来事があったら、連帯のために信じる一つのなにかは必要だったと思う。
個人的に辛いことがあると、
宗教に助けを求める人が多いが、
これは歴史的にも正しい人間行動。
日本には、国民ほぼ皆が連帯するための、信じるなにか、が弱い気がする。
だから、
辛い事があったときには、"より辛い"国と言えるんじゃないか。
自殺者が多いのも、
すがるべき"なにか"というのが
日本にはあまりないからではないのか。
神様って、非常に合理的に出来た存在なんやなと。
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